俳句について

週俳に結社「秋草」紹介されました

一年ぶりのプログです。

この間に子供産まれました。

(これで4人の子持ちです。happy01

大変ですけど、毎日楽しく過ごしております。

公私とも、少し余裕が出来てきましたので、プログ復活ですsun

さき走るこころばかりに水遊び 楚良

http://weekly-haiku.blogspot.jp/2012/05/201235-33-1-2-3.html

先日、所属している「秋草」の紹介がありましたので、リンクしておきます。

会員は少ないですが、内容は充実cat

ご興味ある方は是非ともご連絡願いませ。

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現実と空想

8月15日終戦日、毎日新聞俳句蘭に若手俳人2人の句が掲載されました。

豊里友行<鮮やかな原野遺骨に星のさざなみ>
1976年沖縄生まれ、今も沖縄にて戦争と戦っている。

山口優夢<火に触れしものは火になる敗戦日>
1985年生まれ

他に1991年生まれ越智友亮<昭和に戦前戦中戦後蝉時雨>があり、優夢さんの句を見ても、沖縄以外の戦後人にとって、戦争は過去のものである。eye
戦争を知らない世代が、戦争の句を作ったところで、それは空想でしかありえない。
しかし、俳句は遊びであるが、やはりその時代を反映したりする。
普段、何も思うことのない戦争を現実のものにするのはどのようにすればよいのだろうか?
やはり、豊里さんのように今も戦争をしている人の詩を読むしかないと思う。
何世代代わろうとしても、過去は変わらない。
今も戦争の代償を受け続け、戦っている沖縄は、日本の誇りであり、宝です。
現実を語る詩、空想の詩、どちらにしても読み手の心に伝えるものでなければ、それは詩とはいえないと思う。cat

豊里友行<戦争10句>
 戦争のみんな巻き込む囀りか
 洞窟の首絞める赤ん坊の蛍
 脳揺らす飛行機雲の戦闘機
 戦争の五体投げ込む試験管
 石鹸玉洞窟の瞳と銃光る
 戦争が沖縄泳ぐ余白なし
 戦争の百足語尾から消され行く
 洞窟に残る沖縄戦の蝉しぐれ
 戦争のもう戻れない蝉の穴
 蟋蟀が沖縄戦を絞り鳴く

三橋敏雄
 あやまちはくりかへします秋の暮

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俳句について(その1・・・川柳)

休憩時間に句集と読んでいると、同年代の人に問われたので「俳句」と応えたら、「テレビの『ペケ×モン』sunね」と言われて、ちんぷんかんぷん・・・
早速、ネットで調べたら、人気芸人の番組で、その中に「ペケモン川柳」というコーナーがありました。
内容は、視聴者から投稿された川柳の一部を空白にして、回答者がそこに入るものを当てるものです。
企画自体面白そうですが、気になったのは、川柳と俳句の区別です。cat

何が言いたいのかと言うと、俳句で言う季語を空白にして、そこを季語でないものを入れたら、それは川柳になってしまうのか?
また、川柳の一部を季語に入れ替えたら、俳句になってしまうのか?・・です。

俳句や川柳をしていない人に取っては、句は一緒くたです。
また、辞書通りに定型、季語が俳句だと説明しても、それに反対する人たちもいますので、どのように説明して良いのか分かりません。
何、チンプンカンなことを言っているのangry??と思われる方がいらっしゃるかと思いますが、例えば、次に川柳と俳句を並べてみますけど、区別できますでしょうか?

てっぺんのうすい空気を奪い合う
アカシアの丘を下れば屠殺城
今日ママンが死んだ 迂回路をさがす
一行の詩が処刑台のやうに響く朝だ
我を待つ雲の黄金海岸か
見逃さじの渚の森の白き犬

上記3句が内田真理子さんという川柳の方で、下記3句が夏石番矢さんになります。
俳句は「一番短い詩」と言われておりますが、ただそれだけでは俳句とは言えないような気がします。
最近、ようやく『新興21』を読み始めましたが、季語の形骸化、切れ字、俗などが気になってしまいます。paper
(でも、これらが俳句として掲載されているのですから、認めるしかないのですが・・・)
句会や俳句大会などは、季語定型が主流ですが、実際、作り手からにしては縛りだけではないでしょうか?
でも、そのようなものがないと、俳句というものがないような気がします。

ここで、簡単に解決が出るようなものでもないし、ましてやいち素人(中年)俳人が決めることでもないし、このシリーズは、書くことがあれば記載します。

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