句集・歌集etc

金子敦 「乗船券」

第四句集となります。
第二句集からは4年置きに上木されおりますが、どの句集も佳句ばかりで読み応えがあります。

第三句集「冬夕焼」では最愛の母堂を亡くし、悲しみの中での上木でしたが、それでも生きていくことの有難さ、そしてそこから作られる詩が日常に溢れていることが分かります。

(句集の講評をしているかと思ったのですが、しておりません・・・近々、アップさせて頂きますね。coldsweats01
帯の「とおき日のさらに遠くに冬夕焼」は、第三句集のタイトルにもなりました「吸飲みに残りし水や冬夕焼」を連想します。

 生きていることは亡者との距離を遠くしていくだけある。
 冬夕焼けの存在自体が、その距離をさらに遠くにしていくようだ。

それにしても、何気ない生活が、この方にかかると、心豊かな詩に溢れます。

当たり前にしても、それに掛かる季語によって、これほど言葉が生き生きとなるのは、敦ワールドです。

平明にしてその奥深さには読む人を楽しませて頂きます。

あと読んでいるとお腹が減ってきますので、読む前には好きな食べ物と飲み物を用意して下さいませ。cafe

感銘句2007年
風花をいざなふ楽譜開きけり
初蝶がト音記号を乗せてくる
三月のひかりの色のメロンパン
園児らの輪唱ずれて水温む
適当にルール決める子山笑ふ
子らの声散らかつてゐる花火あと
月の舟の乗船券を渡さるる

眼鏡置くごとくに山の眠りけり

2008年
花束のセロハンの音雪催
梅林に金平糖が降つてゐる
白梅はホットミルクの膜の色
地球儀へ鶯餅の粉が飛ぶ
しやぼん玉弾けて僕がゐなくなる
囀りやフランスパンの林立し
ひとつだけ違ふコップや海の家
月光がピアノの蓋を開けたがる
さう言へばで始まる話年忘れ
二次会にマスクの人のあらはるる

2009年
騙し絵の中へと続く雪の道
出航の汽笛聞こゆる雛の部屋
あたたかや主宰の横に座りゐて
フルートの音の水平に風光る
ロッカーの鍵のゆるゆる海の家
ぬかるみにベニヤ板置き秋祭
洋梨を描く角度の決まりけり

栗少しずらしてケーキ食べはじむ
深秋の紅茶にジャムの沈みゆく
冬薔薇の映るグラスを洗ひけり

2010年
カステラの黄の弾力に春立ちぬ
恋猫の雄に相談したきこと
木の匙に少し手強き氷菓かな
本物の種が入つてゐるゼリー
踏切を越ゆる潮風ソーダ水
それはもう大きな栗のモンブラン
とほき日のさらに遠くに冬夕焼
半券を日記に挟む聖夜かな

2011年
指人形解き手袋に戻りけり
ランドセル背負ふ練習梅の花
春泥を飛び越え一年生となる
セロテープの端よぢれたる春の風邪
朧夜の圧力鍋の微動かな
こめかみに鉄琴の鳴るかき氷
水底にしんと昨夜の花火屑
ハンカチに包んでしまふほどのこと
手に残る折紙の香や星月夜
消しゴムの角度を変へる夜長かな
マカロンの黄のつやつやと聖夜来る
聖夜なり電子レンジの鳴る音も
店頭の絵本に触るる聖樹かな
聖菓切るナイフふはりとめりこんで

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「卵」・・・後閑達雄

この句集ですが、第一回「田中裕明賞」にノミネートされたものです。
受賞された高柳克弘さんの『未踏』と甲乙付け難い意見が多く、読んだみたいと思っていたのですが、偶然に手に入れることが出来たので読ませて頂きました。diamond
後閑達雄さんとは(なんと、ようやくめぐり合えた)同じ世代の人なので、とても馴染みやすい句ばかりで、また難解句もなく、すっきりと最後まで読みことが出来ました。
栞のつげ忠雄さんが「日常よく眼にする情景・状況を、一見無造作に詠んでいるのだが、独特の直感や観察力が効いていて、時に虚をつかれたような軽い驚きにある・・・」とてもいいコメントだと思います。cat
奇をてらったり、玄人受けを狙ったり、やたら理知的であったり、スケールの大きさ、拡張高いのは嫌いするのは、僕は好きになれません。
句集は作者の一部です。
作者のプロフィールやタイトルの由来を知ってから読むと、句集の読む楽しさが倍増します。
「卵」についても同様です。病のこと、家庭のことを知って読みと、この句集の良さがずいぶん伝わってくるかと思います。scissors
日頃の日常の中から作られる「現代俳句」そのものだと思います。cat

<感銘句>
象の鼻背中に届く水遊び
消燈の窓より桜見てをりぬ
手際よきシーツ交換風薫る
雲の峰君との約のなかりけり
マフラーを君に巻き直してもらふ
雪だるま大きな釦付けてあり
日に焼けて精神科医のよく笑ふ
菜箸の先焦げてゐる花大根
首根つこ掴んで運ぶ扇風機
案山子より深く帽子を被りけり
短日や床屋帰りの耳の色
クリスマスケーキ苺をのせて切る
風光る医師の後ろに若き医師
羽抜鳥しきりに爪を噛んでをり
掌の痛き胡瓜を選びけり
七人の小人隠るる草紅葉
大根に竹串の穴ありにけり
向日葵の高さ残して枯れにけり
着ぶくれやみんな上向くエレベーター
Tシャツを押しあげてゐる聴診器
はじめから鳴き直したる法師蝉
冬空へたとへばこんなラブソング
蛍より光の返事もらひけり
黒といふ紫色のチューリップ

<主題3句>
冷蔵庫まづは卵を並べけり
にはとりの卵に羽毛山笑ふ
赤とんぼきれいな水に卵生み

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「瞬く」・・・森賀まり

目の中に芒原あり森賀まり

この句は、亡き田中裕明さんが作った句であります。
彼女への愛情、彼女の安らぎ、また彼女がいたからこそ、俳句を続けられている感謝の
気持ちが、この一句に詰め込められている気がします。
しかし、この句が彼女からずっと離れることはない支えでもあり、重荷であるかも知れません。cat
そうした中にタイトルの「瞬く」という言葉があちらこちらにちらつきます。
すでにこの世にはいない伴侶、それでも生きていくしかない人生・・・
 香水に守られてゐるかも知れず
 盆の道見慣れしものを一つづつ

内容は五つに分かれます。
句集は裕明氏の没前後10年間です。
最初は、裕明氏の作風が色濃く出ております。
 水着の子川原の石に耳を寄す
 柔らかな子供の靴や萩の道
 掛稲に近く決して怒らぬ人
 美しくわからぬ言語水澄めり
また、我が子を育てる彼女の句も、読者の心を掴みます。
 天神のつつじを吸うてゐる子かな
彼の死に留まることなく、だんだんと離れて行き、最後のVの五つ目は彼女らしい作風となっております。
どの句も日常から作られる句であり、心に染み渡ります。happy01

裕明氏を慕うメンバーが集まり、彼のことを研鑽して毎年、「静かな場所」を発行しております。
また、賛同する多くの俳人たちが結社の枠を超えて、それを支え合っております。
彼女がいるからこそ、彼の句が今も読まれ、今後も失せることはないと思います。
もちろん、彼女の句も彼に寄り添いながら、後世に引き継ぎられることでしょう。eye

(お願い:「静かな場所」No.1を探しております。譲っても宜しい方、どこかで見かけになった方、ご連絡願います。)

<感銘句>

をだまきの花へ降りゆく梯子かな
水着の子川原の石に耳を寄す
夏の雲歌はもう一度はじめから
道の先夜になりゆく落葉かな
柔らかな子供の靴や萩の道
掛稲に近く決して怒らぬ人
我を見ず茨の花を見て答ふ
袋蜘蛛ロシアの名前むつかしく

ふらここや岸といふものあるように
香水に守られてゐるかも知れず
盆の道見慣れしものを一つづつ
天神のつつじを吸うてゐる子かな
美しくわからぬ言語水澄めり

近づけば草刈る人のかくれけり
春日傘追ひつけさうで追ひつけず
本を読む冬帽のほか変はらぬ人
冬菫こちらの岸と見ゆる岸

歯をあてし花見団子のひんやりと
風船に長き緒のある小春かな
初蝶のあやふき脚が見えてゐる
蛇苺ねむたくなれば立上がり
瞬きに月の光のさし入りぬ
やはらかき指先なればこほらむか
Ⅴ(子の句は割愛)
空暗くなるたび落花かと思ふ
かすかなる空耳なれどあたたかし
苔咲いて三つに畳む手紙かな
烏瓜骨のすがたのよき人と
静けさの長き食事や墓参あと
秋の灯となる大学も病院も
マスクしてひよこの如く震へをり
墓参みち落葉を拾ふひとのあり
冬服のどこまで深く手の入る

いつせいに鉛筆の音雪の山
バスの顔みな横向きに合歓の花
わが胸にこだまのありぬ青簾
無花果をさつと包みむ新聞紙
黒革の手帖やはらか十二月
足組めば砂のこぼるる素足かな
風鈴や庭より入る母の家
ひぐらしや暗闇なれば手をつなぐ
いと小さく顔上げてゆく秋日かな

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「バーコードの森」(豊里友行)・・・後半

俳句で大事なものは主題です。sun(主題:作り手が一番何を伝えたいのか)
季語や切れ字を使うことで、主題が増長され、読み手に共感する幅が増えます。
また五七五のリズム。notes
このリズムが、詩情を豊かにしております。
まさしくこれらが、伝統俳句というものではないかと思うのです。paper

これらをなくすして俳句を作ることは、大変難しいことです。sign01
彼の句を読むと、じっとしていられなくなり、何度も彼が作る句をまねてみるのですが、思うように作れません。
多分、僕自身が俳句ボケしているからに違いありません。
それを知るのは、彼が所属している「海程」の金子兜太さんの句を並べてみるとはっきりします。

梅咲いて庭中に青鮫が来ている 兜太

鮫となり晩夏の月を刎ねる二十歳
夜のパンに鮫のかなしみをぬる
青バナナむけば炎の鮫になる

兜太さんの句は前衛俳句と言って、自分の思いを前面に出してくるタイプ。
彼も同様です。しかも、彼がこの句を作られたのは20歳前後、その頃の僕は何をしていたのか思い出せないです。。。
前衛俳句がこの世に出された時、、これらの句を倦厭することがありましたが、今は立派な俳句と確立されております。

(注意:今時点で、新興や前衛と区別するものはありません。作者以外の第三者が作り出したものであり、作者はそれを意識して俳句はしておりません。また、どこかで触れることが出来れば、記載します。)
しかし、次に挙げる句はどうでしょうか?

 飽食
     の児歪む地球パズル
 飢餓

ここまで来ると、俳句はどのようになっていくのでしょうか。
俳句は海外にも広がり、季語、五七五では収まらなくなってしまいました。
果たして僕らはどこまでを俳句として触れていくべきなのでしょうか?
また、僕らが作る俳句は本当に俳句と言えるものなのでしょうか?

彼は新鋭21のメンバーです。
今後、どのような俳句となっていくのか、またそれらについていけるのか。
伝統俳句を作る僕としても、切磋琢磨していく必要があります。cat

<感銘句>
原発の列島ネガの百足湧く
花蘂のバーコード揺れ地球の誤作動
十字架の交差点きのこ雲何処行くの
九条の首狙う太刀鯉のぼり
ITの傘裏触れる蜘蛛の巣の傍受
街じゅう花いちもんめの百円ショップ
島包む百合の悲鳴はプラスチック
アジアの牙か双葉の目の辺野古
月も太陽(ティダ)も魚鱗の響(とよ)み島暦
さみしさの本音がはらり玉葱剥ぐ
有事ぽろぽろ星の音譜消す
寝転んだ季語も馬糞も銀河の野
かみんぐわ
      洞窟(ガマ)が吐くあけもどろ
うみんぐわ

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「バーコードの森」(豊里友行)・・・前編

彼との出会いは、プログで書いた「句集は苦手」にコメントを頂いてからです。eye
句の場合、作者の手から離れると、読み手の良し悪しとなってしまいますが、句集の場合は作者が作ったパラレル・ワールドなので、句集全体で受け止めなくてはなりません。
既に、彼は句集を出されているので、早速入手しましたが、これがまた、僕が作るものとは異なるもので、何と受け止めれば良いのか分りませんでした。cat

 教室出る夢探しの入道雲
 しゅるるる葡萄に濡れる風の髪
 樹のラインに湧き立つ雲は十九歳

冒頭3句です。
先ず彼の句を読むと、特有のリズムと季語がないことに戸惑いを感じます。sad
この時点で、俳句を楽しむ前に、「有季定型」という固定観点で触れていることに気づきます。
以前、話したことがありますが、「俳句は完成され洗練された様式」ですが、その様式は作者自身が決めることです。
あとは読み手がそれをどのように受け取るかです。good

「無季自由律」を作る人で、最初から「無季自由律」の人は皆無であると思います。
やはり「有季定型」から始めた人ばかりだと思いますし、今でも「有季定型」を作ることもできます。
何故、このような句を作るといえば、固定観点に縛られることで、自分の伝えたいことが失ってしまうからです。
実際、自分の思いを読み手に伝えるためには、季語は要りませんし、五七五に拘る必要がありません。
第一、わざわざ分語にしなくても、口語でストレートに相手に伝えるほうが適宜ではないでしょうか。
それなら、普通の詩と変わらないかと思いますが、「俳句は一番短い詩」ですので、余分なものを削って、いかに読み手に共感を得ることですので、やはり俳句と言うべきでないかと思います。flair

言い換えれば、季語や五七五に縋っている僕らが、俳句に拘っているのではないかと思います。wobbly
例えば、「や」・「けり」の切れ字は本当に必要なのでしょうか?
若し、自分の伝えたいことだけを句にするのであれば、これらは余分で、もっと短くすることが可能です。
また季語にしても、取り合わせや詩情を膨らませることであって、自分の思いとは異質なものになってしまいます。cat

<感銘句>
 教室出る夢探しの入道雲
 じゃんと語尾笑う母を忘れてら
 ひょこひょこと地球を揺する鳩の頭
 腐葉土にノイズ走らせ都会の釘
 バッタ飛ぶマグマのように羽ひろげ
 イ(にんべん)とはぐれバーコードの森に入る
 ユウウツノイシハラムジンベイザメ
 咳すると炎のような闇動く
 手のひらが牛蒡になるまで夢掴む
 幽愁のキリン歩く夕焼けのビル

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「未踏」(高柳克弘) 前編

彼をはじめて知ったのは、僕が俳句を始めたばかり、初めて「NHK俳句」を見たときです。(2007年12月)

この番組のゲストで彼が出演されており、しかも地元出身で本(凛然たる青春)を上梓されたことを話されており、自分より一回り若い方が、俳句界の中でご活躍されていることに、とても嬉しく思いました。

そして、彼の句集がいつ出るのかと待っていたのは、僕だけではなかった筈です。

それだけ、彼の注目度はすごいものだと思います。

さて、句集ですが大きく三つに分かれます。

初期:俳句はじめたばかりで、いろんな俳人に接している時期。

中期:「俳句研究賞」を頂き、また「鷹」編集長となって、戸惑い時期。

後期、彼の句が定着された時期。

僕は初期と後期は、すんなりと入ってきたのですが、中期は難解が多かったです。

でもこの苦悩時期がないと、句集は成り立たないので、自選は相当難しかったと思います。

それから「句集」には、蝶の句が多いです。

 喋々のあそぶ只中蝶生る

 ゆびさきに蝶ゐしことのうすれけり

 春月や羽化のはじまる草の中

 鉄路越え揚羽のつばさ汚れけり

 蝶ふれしところよりわれくづるるか

 眉の上の蝶やしきりに何告ぐる

 蝶の昼読み了へし本死にゐたり

 路標なき林中蝶の生まれけり

 わがつけし欅の傷や蝶生る

 羽化の翅はばたかむとす草泉

 つまみたる夏蝶トランプの厚さ

 蟻運ぶ蝶の模様のかけらかな

 高速の素質ありけり黒揚羽

 揚羽追ふこころ揚羽と行つたきり 

最初の2年間(2003-2004)だけで、これだけあります。

この世に生きていながら、非現実の空想世界を求めているような気がしました。

さらに、青春を謳歌している句もあり、読み手それぞれの思いをかき立ててくれます。

 「木犀や同棲二年目の畳」

僕にはこんな青春がなかったら、作れない句です。いいなぁheart01

以前紹介した佐藤文香さん同様に、何かの賞を頂けるのではないかと思います。

期待されていた以上に、出来栄えの良い句集だと思います。

2004-2005感銘句

雨よりも人しづかなるさくらかな

ゆふざくら膝をくづしてくれぬひと

名曲に名作に夏痩せにけり

わが拳革命知らず雲の峯

空蝉(旧字)を握り潰せば紙の音

降る雪も本の活字も無音なり

如月や鳥籠昏きところなし

桜貝たくさん落ちてゐて要らず

花ふぶきつひの一片誰も知らず

揚羽追ふこころ揚羽と行ったきり

うみどりのみなましろなる帰省かな

木犀や同棲二年目の畳

(続く)

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ことごとく未踏なりけり冬の星

ことごとく

地元出身のホープ、高柳克弘氏の第一句集「未踏」が発行されました。

実のところ、俳句初心者の僕にとって、彼の句は想像を超えるものが多く、句集に載っている句の、果たして何句読めるのかが、不安で購入するのを躊躇しておりました。

でも、購入した経緯は、句集のタイトルとなった句です。

 「ことごとく未踏なりけり冬の星」

この句を知ってから、頭に浮かんだのは田中裕明先生の「悉く全集にあり衣被」です。

他、師匠 波多野爽波先生の「ことごとく空に触れるる冬木の芽」

弟子 対中いずみさんの「ことごとく挽歌なりけり青嵐」「ことごとく蓮折れてゐる時雨かな」

と、田中裕明先生に造詣深い彼ですので、ここから作られたのかなぁと、ファンとしては溜まらなくなり、泣け出しのお金を出して購入しました。

なので、思い入れたっぷりありますので、時間を掛けて、ゆっくりと彼の句集を読みたいと思います。

(感想はなるべく早くしますねcat

 

<後日談>

彼とコンタクトがとれて、気になるところを聞いてみたところ、裕明先生の句は知らなかったそうです。。。でも句集は手にしまったので、いまさら関係ないですね。note

彼からは「何かを感じて頂ければ・・・」と言われておりますので、何かを感じ取って見たいと思います。

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星の地図(神野紗希)

俳句王国のアシスタントをされている方です。

どこの結社に属しておらず、思惟といえば「いつき組」ですかね。

なので、どこの俳人の方とも、気軽に接されて、彼女のスマイルに誰もがうっとりです。

(去年、地元にお見えになったときに、一緒に写真を撮って貰いました。家内には内緒です。)

大高翔さんのときに触れましたが、彼女の俳句には恋愛ものはありません。

10代、20代の方なので、恋愛句があっても良いのですが、「俳句王国」にも出てきません。

唯一はこの2句のみです。

 星涼しバス揺れるたび触れる肩

 セーターの袖の余りて告白す

これが彼女のスタイルであり、これが多くの方に好かれているのかも知れません。

1句目に彼女を一躍有名にした「起立礼着席青葉風過ぎた」があり、(『通った』ではなく、『過ぎた』と言ったところが、この句の優れたところです。)あと学生らしい句が続きます。

でも、恋愛句ないです。。(くどいですねcoldsweats01

でも、否定句が多いことに気づきます。

 虹ほどの言葉は見つからぬだろう

 直線を引けぬものさし桜桃日

 不等式解けず夏木立の中へ

 風鈴の買われようとはしておらず

 ひきだしに海を映さぬサングラス

 曼珠沙華を失くしたような顔をして

 鬼灯や出来ぬ約束してしまう

 橋からは見えぬ満天紅葉かな

 寂しいと言い私を蔦にせよ

 溜め息さえ白くてどうすれば良いの

 頑張れと言いたくて言えなくて雪

 花びらのわたくしを避けるのは何故

 空梅雨やサイコロ振れば1ばかり

思春期の自分の思いとは裏腹に、別の自分が自分を演じている。

本当の自分はこっちにいるのに、誰も気付かないジレンマ・・・

でも、このジレンマは句集の最後には消えていきます。

先日、賞を頂いた友人の佐藤文香さんや高柳克弘さんが(いよいよ)句集を出されます。

紗希さんもそろそろ第2句集を出されてもいい時期ではないでしょうか?

どのような句集になるのか、とても楽しみです。

<他 感銘句>

この秋桜刈ったら風になるつもり

水澄むや宇宙の底にいる私

踏切を越えてより月肥大せり

月代や机上に広げたる海図

目を閉じてまつげの冷たさに気付く

アンテナをごちゃごちゃとして寒波来る

冬薔薇見渡せば海少しある

マフラーを巻いて海鳴り封じ込む

シーソーの片方ばかり花の散る

まなざしを虹へ反らしてしまいけり

月の味問うノルウェーの絵本かな

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17文字の孤独(大高翔)

今、読んでいる本を会社に忘れてしまったので、整理中のダンボールの中からチョイスdiamond

発行1997年、今から12年前になります。

著者は当時20歳、その前年に発行した句集「ひとりの句集」が注目を浴び、この17文字の孤独が大ベストセラーとなります。

当時は、黛まどかさん「B面の夏(1994年)」もベストセラーとなっており、一時、俳句ブームとなります。

その彼女も今年32歳。2002年に結婚され、一児の母親でもあります。

==注意:ここからは、まだ夢見る人たちは読まないで下さい。ベストセラーとなっておりますので、いまでも中古で売られております。ご興味のある方は読んでみて下さい==

久しぶりに読み返しましたけど、あの当時の俳句がこんなにも純真だとは、読みながら恥ずかしくなりました。

恋愛、青春、未来と、夢が散りばめられていて、すでに既婚の僕にとっては、こんな昔があったのかと、ギャップが埋まりません。。。無論、作句しろと言われても無理です。wobbly

でも、最近の若者の句集(プログに取り上げた)「海藻標本(佐藤文香)」、(いつか記事にする)「星の地図(神野紗希)」の句集には、純愛の句はなかったなぁ・・・

時代を反映すると言うのか、昔は夢を追いかける純真な乙女の人もいたんだなぁと、恍惚virgo

春の部だけで、本当に恥ずかしくなって終了ですlovely

感銘句

捨てられるだけ捨てていこう春休み

春驟雨あなたの声は聞こえない

春が散るあまりにもうすきわたしの胸

胎内のリズム思い出す春の光

春夕日この両手には何もない

ペンダント冷たい重さの花の雨

春の水あふれひとりを持てあます

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『雪梁舎』俳句まつり・宗左近俳句大賞受賞!(海藻標本)

以前プログにも紹介しました「海藻標本」(佐藤文香)が、受賞しました。

http://819blog.blog92.fc2.com/blog-entry-247.html

3月には読み終えて、いつかはコメントしないと思っておりましたが、あっという間にGWも終わってしまいました。

なので、急いで投稿です。run

感想は、「何度も読み直せて、また新たな発見!」

普通の句集は一回読めばそれで終わり(何年か経って、自分の生活環境や人生観が変わればもちろん読み直すこと出来ますが)、この本はいつでもどこでも読み直せるということ。

もちろん、感銘句はその都度変わります。upwardright

いろんな俳人がいますが、ミステリアスな方の一人です。

受賞を受けて、増刷決定したそうですので、手にとって見て下さいませhappy01

感銘句 

 海に着くまで西瓜の中の音聴きぬ

 アイスキャンデーの果て材木の味残る

 月白や滑走路より人離れ

 太刀魚や遠き光を撥ね返し

 待たされて美しくなる春の馬

 霧吹の口淋しさや春の宵

 靴音を捨て花人となりにけり

 あけがたの詩集に頁毎の冷え

 標本へ夏蝶は水を抜かれゆく

 拾はれてより色を増す椿かな

 火の匂ひ移して秋の袷かな

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