« 2010年6月 | トップページ | 2010年9月 »

2010年7月

プリンス・・・長谷川櫂

彼の人生は「俳句」につきると思います。eye
中学・高校から始めた俳句は、大学、社会人になっても続き、彼なりの形式が出来上がっていた筈です。
しかし、30歳のときに、今までの俳句を捨てて、飴山實に師事します。
それからというものの、我が行く道を自ら作り、先頭に立っていく俳人であります。。
そのためには、記者の二束わらじを止め、俳句の道一本にしたことは、並々ならぬ決意と覚悟が伺い知れます。
その点、僕はその場しのぎの適当な人間、将来の夢もなく、また稼ぎも少なく家族に迷惑を掛けておりますので、俳句は彼の言う『余技』でしかありません。coldsweats01
僕にないものを彼は持っており、また出来ないことを彼は実行しており、それが苦手意識をしているのかも知れません。

彼の句は「俗」と「雅」というより、『綺麗』と言ったほうがいいかも知れません。
落ち度なく、まさしくプリンスそのものです。
以前、『蝿 ニ連チャン』←タイトルだけでも、こちらはタイトルだけでもふざけておりますね。。。
で、お話しましたが、俳諧以降、「俗」を読むようになったと書きました。
「俗」を詠むということは、一般庶民を反映するということです。
人間は、俗っぽいところがないと、面白みがないかと思います。
これは、坪内稔典さんの句と比べれば一目瞭然です。(好き嫌いは別として)
もちろん、彼にも俗があるかと思いますが、俳句にもっと、そのようなところがあってもいいような気がします。cat

今年初頭に、結社「古志」を2011年に30歳となる大谷弘至副主宰に譲ると宣言されました。。
理由はいろいろあるようですが、彼の理想と追求は、まだまだ続きます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

可哀想な句

7月18日毎日新聞「季節のたより」より

<おっぱいが焼きそば運ぶ夏の家>

掲載句は、坪内稔典さんが寸評込みで選考しております。

彼自身が面白い句を作られ、また掲載句もいろいろあって、毎日楽しみにしておりますが、これは頂けません。angry

始めて読んだとき、上五がインパクトが強くて良いなあと思うかもしれませんが、ただそれだけで並句です。annoy

どうしてかというと、この句を2回、3回と読んで頂ければ分かりますが、何も印象が残りません。

例えば、去年話題となった邦画「おっぱいバレー」、題名及び主演が話題を呼び、人気がでました。

でもそれまでで、今頃になって「おっぱいバレー」と言われても、全然インパクトもなく、すでに過去のものです。

俳句(他作品そのもの)は、読み手がいつ、どのように読まれるのか分かりません。

名句、秀句と言われるものは何度読み返されても、飽きもなく、読み手を捉えて、引き継がれていきます。

「芝不器男新人俳句賞」や「新撰21」など、若手がもてはやされる時代です。

確かに期待できる俳人もいますが、本当に今後の俳句???というものもあります。

坪内先生も、俳句界の中で功績が高い人です。

掲載句は一生文面に残ります。

今後に残しておきたい句と考えれば、ただインパクトがある句は違うかとも思います。

最近の俳句といえば、韻文であれば何でも良いという気がします。

そうなると、川柳やxx詩と変わりません。

そして、いつかは俳句自体がなくなることも考えられます。

俳句を残していくためには、読み手としてもしっかりした意思表示をしていかなくてはなりません。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

「瞬く」・・・森賀まり

目の中に芒原あり森賀まり

この句は、亡き田中裕明さんが作った句であります。
彼女への愛情、彼女の安らぎ、また彼女がいたからこそ、俳句を続けられている感謝の
気持ちが、この一句に詰め込められている気がします。
しかし、この句が彼女からずっと離れることはない支えでもあり、重荷であるかも知れません。cat
そうした中にタイトルの「瞬く」という言葉があちらこちらにちらつきます。
すでにこの世にはいない伴侶、それでも生きていくしかない人生・・・
 香水に守られてゐるかも知れず
 盆の道見慣れしものを一つづつ

内容は五つに分かれます。
句集は裕明氏の没前後10年間です。
最初は、裕明氏の作風が色濃く出ております。
 水着の子川原の石に耳を寄す
 柔らかな子供の靴や萩の道
 掛稲に近く決して怒らぬ人
 美しくわからぬ言語水澄めり
また、我が子を育てる彼女の句も、読者の心を掴みます。
 天神のつつじを吸うてゐる子かな
彼の死に留まることなく、だんだんと離れて行き、最後のVの五つ目は彼女らしい作風となっております。
どの句も日常から作られる句であり、心に染み渡ります。happy01

裕明氏を慕うメンバーが集まり、彼のことを研鑽して毎年、「静かな場所」を発行しております。
また、賛同する多くの俳人たちが結社の枠を超えて、それを支え合っております。
彼女がいるからこそ、彼の句が今も読まれ、今後も失せることはないと思います。
もちろん、彼女の句も彼に寄り添いながら、後世に引き継ぎられることでしょう。eye

(お願い:「静かな場所」No.1を探しております。譲っても宜しい方、どこかで見かけになった方、ご連絡願います。)

<感銘句>

をだまきの花へ降りゆく梯子かな
水着の子川原の石に耳を寄す
夏の雲歌はもう一度はじめから
道の先夜になりゆく落葉かな
柔らかな子供の靴や萩の道
掛稲に近く決して怒らぬ人
我を見ず茨の花を見て答ふ
袋蜘蛛ロシアの名前むつかしく

ふらここや岸といふものあるように
香水に守られてゐるかも知れず
盆の道見慣れしものを一つづつ
天神のつつじを吸うてゐる子かな
美しくわからぬ言語水澄めり

近づけば草刈る人のかくれけり
春日傘追ひつけさうで追ひつけず
本を読む冬帽のほか変はらぬ人
冬菫こちらの岸と見ゆる岸

歯をあてし花見団子のひんやりと
風船に長き緒のある小春かな
初蝶のあやふき脚が見えてゐる
蛇苺ねむたくなれば立上がり
瞬きに月の光のさし入りぬ
やはらかき指先なればこほらむか
Ⅴ(子の句は割愛)
空暗くなるたび落花かと思ふ
かすかなる空耳なれどあたたかし
苔咲いて三つに畳む手紙かな
烏瓜骨のすがたのよき人と
静けさの長き食事や墓参あと
秋の灯となる大学も病院も
マスクしてひよこの如く震へをり
墓参みち落葉を拾ふひとのあり
冬服のどこまで深く手の入る

いつせいに鉛筆の音雪の山
バスの顔みな横向きに合歓の花
わが胸にこだまのありぬ青簾
無花果をさつと包みむ新聞紙
黒革の手帖やはらか十二月
足組めば砂のこぼるる素足かな
風鈴や庭より入る母の家
ひぐらしや暗闇なれば手をつなぐ
いと小さく顔上げてゆく秋日かな

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2010年6月 | トップページ | 2010年9月 »