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俳句について(その1・・・川柳)

休憩時間に句集と読んでいると、同年代の人に問われたので「俳句」と応えたら、「テレビの『ペケ×モン』ね」と言われて、ちんぷんかんぷん・・・
早速、ネットで調べたら、人気芸人の番組で、その中に「ペケモン川柳」というコーナーがありました。
内容は、視聴者から投稿された川柳の一部を空白にして、回答者がそこに入るものを当てるものです。
企画自体面白そうですが、気になったのは、川柳と俳句の区別です。

何が言いたいのかと言うと、俳句で言う季語を空白にして、そこを季語でないものを入れたら、それは川柳になってしまうのか?
また、川柳の一部を季語に入れ替えたら、俳句になってしまうのか?・・です。

俳句や川柳をしていない人に取っては、句は一緒くたです。
また、辞書通りに定型、季語が俳句だと説明しても、それに反対する人たちもいますので、どのように説明して良いのか分かりません。
何、チンプンカンなことを言っているの??と思われる方がいらっしゃるかと思いますが、例えば、次に川柳と俳句を並べてみますけど、区別できますでしょうか?

てっぺんのうすい空気を奪い合う
アカシアの丘を下れば屠殺城
今日ママンが死んだ 迂回路をさがす
一行の詩が処刑台のやうに響く朝だ
我を待つ雲の黄金海岸か
見逃さじの渚の森の白き犬

上記3句が内田真理子さんという川柳の方で、下記3句が夏石番矢さんになります。
俳句は「一番短い詩」と言われておりますが、ただそれだけでは俳句とは言えないような気がします。
最近、ようやく『新興21』を読み始めましたが、季語の形骸化、切れ字、俗などが気になってしまいます。
(でも、これらが俳句として掲載されているのですから、認めるしかないのですが・・・)
句会や俳句大会などは、季語定型が主流ですが、実際、作り手からにしては縛りだけではないでしょうか?
でも、そのようなものがないと、俳句というものがないような気がします。

ここで、簡単に解決が出るようなものでもないし、ましてやいち素人(中年)俳人が決めることでもないし、このシリーズは、書くことがあれば記載します。

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