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2010年2月

伝統俳句=現代俳句 その2(作法と技法)

大正から昭和初期、俳壇を君臨していた高濱虚子は、昭和二年「花鳥諷詠」・「客観主体」を唱えます。
しかし、その俳句観の相違により。秋桜子が素十を中心として、「ホトトギス」を脱会して「馬酔木」を創刊します。
これを新興俳句と定義つけます。
この流れは、人間探求派などを輩出し、昭和22年に設立された「現代俳句協会」となります。
また伝統俳句を守ろうとする「ホトトギス」は昭和15年に「日本俳句作家協会」を設立し、のちの「日本伝統俳句協会」(昭和62年創立)となります。

ここで現代俳句と伝統俳句が対立しますが、違いはなんでしょう?

現代俳句には、自由律、無季句も含まれます。
今の時代に合った句を作るので、何れも俳句と定義つけられてしまいます。
伝統俳句は五七五調の定型で季語を重んじることです。

しかし、伝統俳句にしても、今の時代に作られているので、そこは現代俳句と変わりません。

また、現代俳句から『有季定型』を定義した「俳人協会」が発足しますが、伝統俳句には戻らず、別路線を辿ります。

それは、虚子が唱えた「花鳥諷詠」・「客観主体」が障害となったからです。

虚子が唱えたことが分裂を起こし、またさらに分裂を引き起こすとは、子規が知ったら泣いてしまいますね。。。

虚子が唱えた「花鳥諷詠」・「客観主体」は、その時代には適していたのかも知れませんが、今の時代に合っているかです。
「花鳥諷詠」・「客観主体」を俳句の『作法』と言ってしまえば、それ以外は俳句ではないとなってしまいます。
以前、金子兜太さんの作る句を、「前衛俳句(自己の内面性を表出した句)」として俳壇から排除されたことがありますが、今はどうでしょうか
くしくも、子規が近代文芸として、個人の創作性を重視して俳句を成立させたのに、虚子が唱えたものが正しいとしてしまうと、その時代の適した創作性が認められなくなってしまいます。
価値観、感性はその時代によって変わって行きます。
「花鳥諷詠」・「客観主体」は『技法』と考えたほうが、すんなりと行くと思いますが如何でしょうか。
今のご時勢、俳句を作るには「花鳥諷詠」・「客観主体」を好むけど、俳句を読むときも「花鳥諷詠」・「客観主体」でないと駄目だという人がいるでしょうか?

著名な先生や結社の考え、価値観は、作風・技法であります。

それに共鳴できる方々がそれぞれの先生、結社に師事を仰ぐと思います。

なので、俳句はその人の価値観、感性の違いだけなんですね。。。

(ここまで引っ張っておいて、「何だよー」と聞こえてきそうですが・・・

今後の俳句をどのように捉えて、自分はどのように俳句と付き合っていくのか、以前にも『俳句の行方』で書きましたが、更に踏み込みたいと思います。

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家庭の掟

掃除機は立たせて仕舞ふ鳥雲に 杉山久子

どの家でも掟があり、その審判は妻である。
我が家では掃除機を立たせるのは厳禁で、持ち運ぶときでも怒られる。
タオルの畳み方も独特で、その折り方だけでも喧嘩したことがある。
しかし妻の妹が、普段見慣れた折り方をしており、びっくりしたことがある。
妻曰く「そんなのは、妻の考えが一番でしょ!!」
いやはや、我が妻に敵うことはないだろう。。。

雛の間に洗濯物を畳む夫 楚良

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旧正月

今年の旧正月は2月14日のバレンタインデーでした。

旧暦の正月の決め方は、雨水の前の朔日(新月)です。
雨水とは二十四節気の一つで、立春と啓蟄の間に当たります。
日本では、黄道の春分点を基点として15度ずつ24分割にして、そこを太陽を通る時を二十四節季としました。
しかし、太陽の軌道と二十四節季による暦と月の運行による暦とのズレが生じるので、一ヶ月になった時に余分な一ヶ月(閏月)が設けられます。
江戸時代、翌年のカレンダー(暦)はその年末にならないと分かりませんでした。
でも、庶民はそれほど気にせず過ごしていました。
日本は農の国です。
種蒔きと収穫時期が分かれば、良かったとのことです。
二十四節季をみると、「穀雨」、「小満」に「芒種」
他にも「八十八夜」、「入梅」、「半夏生」に「二百十日」の雑節もあり、
いかに暦を大切にして来たかが分かります。

今でも中国などの国は、旧正月でお祝いするところがあります。
日本も旧暦に直すことは行かなくても、「ハレ」という行事は、旧暦に合わしたほうが分かりやすく、お祝いが出来るかと思います。

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無季句

ようやく、録画していたものが見れたので、感想です。

1/16(土)「俳句王国」から
<逃げながら鶴を折る人法隆寺>
なかなか面白い句で下五の法隆寺なのだろうと気になってしまいます。
選句も4票があり、主宰黒田杏子さんも取っておりました。
しかし、気になるのは季語です。
ぱっと見れば、「鶴」となりますが、この句では「鶴を折る」でひとつの言葉となるので、「折鶴」となり季語にはなりません。
主宰は『別に問題ない』と言っておりましたが、有季にするのであれば問題ありだと思います。
参加者のひとりが、実際の鶴が骨折って・・・と解釈をしており、笑いの種となっておりましたが、季語として取られるのであれば、こちらが正しい感想だと思います。

この句の良いところは、下五の「法隆寺」につきます。
法隆寺といえば<柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺>が浮かびます。
子規は柿を食べた時に法隆寺を思い出すように、この句の作者は鶴を折った時に
法隆寺があった(だった)と解釈できるのかと思います。
でも、ここは季語にすべきだと思います。
<逃げながら鶴を折る人冬の寺>・・・対象範囲(場所)が読み手ばらばらになってしまい、インパクト無。
この中七から繋がる季語は、それだけでインパクトがあるものでなくてはなりません。
例えば、『春xx』から季語を選んでみます。
<逃げながら鶴を折る人春の寺/春浅し/春の山/春の川/春の馬/・・・>
春以外にもいいものがあるかも知れませんが、季語をかえるだけで、この句の
印象が全く変わってしまうところが、俳句の面白さだと思います。
インパクトのある季語・・・
良い季語が御座いましたら、教えて欲しいものです。

<逃げながら鶴を折る人青目刺>

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伝統俳句=現代俳句 その1(伝統ってなあに?)

次の句集を紹介する前に、俳句の定義の勉強です。
(その方は「新撰21」のメンバーでもあります。)

僕は、俳句といったら俳句です。(当たり前ですけど・・・)
でも、俳句にはいろいろと定義をつけたがる人もいます。
 伝統俳句、現代俳句、新興に前衛etc
でも、俳句を作るのにそんなことを気にしている方はいらっしゃるでしょうか?
山本健吉さんが「俳句とは何か」と問われたときに、
「俳句は滑稽なり、俳句は挨拶なり、俳句は即興なり」と答えております。
僕もその通りだと思います。
いろんなことを考えてしまえば、俳句はつまらなく、また廃れてしまうでしょう。
俳句は多くの人と楽しむものだと思います。

さて、伝統俳句と現代俳句の違いと言って、分かる方はどれくらいいるのでしょうか?
僕も名前だけで、気にしてもいなかったのですが、今年初の句会で「大正俳句」を勉強しなさいと言われ、更に???となったので、早速、調べてみました。

Wikipedia(ウィキペディア=ネット内の百科事典、読者が記事を記載したり編集したりできるウェブ)で、俳句は、「正岡子規が江戸末期の俳諧を月並俳諧と批判して近代化した文芸たらしめるための文学運動を行い、発句が俳句として自立した」と書かれております。
また、「俳句自立後の視点から、松尾芭蕉などの詠んだ発句をさかのぼって俳句とみなす見方もある」と書かれております。
なので、僕たちがよく知っている芭蕉の句は俳句ではないことになります。
では発句とは?となると、近世に発展した文芸である俳諧連歌の遊戯性、庶民性を高めた文芸が自立性の高いのが発句だそうです。
1894年(明治27年)、子規が『獺祭書屋俳話(だっさいしょおくはいわ』を連載し、俳句の革新運動を始めますので、俳句が全国に知れ渡ったのは今から約120年の比較的新しいものとなります。

では、伝統俳句は何のことをさすのでしょうか?
明治後半、虚子と双璧していた河東碧梧桐が、五七五調に捉われない新傾向俳句(自由律)を主張し全国展開を行います。
その当時、俳壇から引退をしていた虚子が、俳句は伝統的な五七五調で詠まれ、また季語を重んじ、平明で余韻があるべしと「守旧派」として碧梧桐と激しく対立します。

 春風や闘志いだきて丘に立つ(大正2年)

そして、伝統的な俳句を守る「ホトトギス」は見事に復活し、それは次第に大きな勢力となり、大正時代と昭和戦前まで席捲します。
この頃のホトトギスといえば、渡辺水巴、村上鬼城、飯田蛇笏、原石鼎、前田普羅とそうそうたるメンバーです。
また、当時の俳句といえば、「ホトトギス」と言われるようになります。
なので、伝統俳句というのは、五七五調の定型で季語を重んじることになります。
また、僕が知りたかった「大正俳句」は、全盛極めた「ホトトギス」の句となります。
(一気に、二つクリアしました。)

もちろん、自由律や無季句をする人もおり、それを「俳句」と定義つける人もいます。
ここで、伝統俳句と現代俳句の溝が出来てしまいました。
さらにいえば、俳壇は「現代俳句」、「俳人協会」そして「日本伝統俳句協会」に分かれております。
なぜ、このようになったかは次回です。 

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