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「未踏」(高柳克弘) 後編

彼の俳句への愛着は、この後更に深まります。
所属している「結社」の編集はもちろん、大学院に進められてから俳句研究を始められます。
俳句研究賞を取られた翌年2006年には、「俳句研究」に執筆され(2008年:凛然たる青春 上梓)、ウェブでは一年間の間、芭蕉のコラム(2008年:芭蕉の一句 上梓)。
また、田中裕明全句集が出版された時には、神野紗希さん他多くの賛同者を集め、エッセーに一冊の本にまとめ上げ(2008年昼寝の国の人)、彼のバイタリティーはもちろん、求心力の強さが持ち味です。

「中編」で、古めかしいと言われたのは、彼が芭蕉俳諧等の俳句研究をし始め、作風が若者らしくないということです。
でも、その作風はもちらん、小論も若者とは思えない、落ち着いた堂々たるものです。

去年からは、月刊誌「俳句」に『十七音に徹して読む』を連載を始めました。
また結社の活動以外に、全国各地に講演や指導など、俳句の発展に寄与しております。
本当に彼のバイタリティーは衰えることがなく、感服してしまいます。

それから、彼のお人柄が良いことです。
自分の知識を媚するわけでもなく、誰にでも対等に付き合える気安さ、そしてあの甘いフェイス。。。
どれほどの人を惹きつけているのでしょうか。
地元出身とはいえ、僕がここまで彼のことを意識してしまうのは、今後の俳句を牽引する人として愛してやまないからだと思います。

「未踏」出版から半年経って、ようやく彼のことを書き終えることができました。
これからも彼の言動には注目していきたいと思います。
<2007年>
 根の国の闇を恋しと亀鳴けり
 さみだれや擬音ひしめくコミックス
 まつしろに花のごとくに蛆湧ける
 草の穂の怠けたきとき方丈記
 木の実落ちダリは遠近法を無視
 旅多きくらしの卓や秋の風
 紙の上のことばのさびしみやこどり
<2008年>
 くちびるのありてうたはぬ雛かな
 青梅雨や櫂のとどかぬ水底も
 絵の中のひとはみな死者夏館
 図書館の知識のにほひ夜の秋
 梟や生きゐて嵩む電気代
 水洟や詩人は滅び世は進み
 歳晩や椅子寄せ合ひて家族なる
 橋があり冬日わたれるしづけさに

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