« 句集を読む | トップページ | 柿四角ならばナイフを十文字 »

新人・若手・中年

コメントを頂いて、ふと思ったことがあるので、「未踏」の感想(すると良いながらかなりの日数が経ってしましたが・・・)の前に書かさせて頂きます。

アスリートや体力が伴う世界とは違い、文学界の新人と言われると、それを始めた頃になるので、10代でも50代でも新人となります。

ましてや短歌や俳句などの詩情系は、年老いてからも出来るので扱いがややこしくなります。

さて、若手となると、何歳を指すのでしょうか?

極論(というか自分がその世代となるので)、中年層で分けるのが妥当かと思います。

中年は仕事や子育てに忙しく、自分のこと(趣味・娯楽)は後回しになってしまいます。

本職としていない限り、その世界でご活躍されている方は少ないかと思います。

何でこんなことを書いたかというと、そもそもその忙しい中で俳句を始め、プログなど始めたからです。

10、20代は自分の好きなことを思う存分に出来ます。

また50代を過ぎると子育てもひと段落し、自分の時間を取り戻すことが出来ます。

なので、俳句や自分の趣味を行うのには持って来いの世代なのです。

でも、50~60代の俳句ビギナーは、長年俳句している人たちと同等の価値観なので、句を作られても、軽く見られがちです。(切ないですね・・・)

しかし、若手の全く価値観が違う句を触れ合うと、刺激を受けてしまい、高評を得てしまいます。

若手はそれを糧に俳句にのめり込みますが、如何せん、中年という人生の転換期を迎えなくてはならないので、それを乗り越えて、俳句を続けられるかどうかです。

今のご時勢、俳句以上に楽しいものが溢れていて、わざわざ俳句の世界に飛び込んで来る人は稀です。

僕も、ここまでして俳句にのめり込むつもりはなく、家庭などの普段の生活を俳句にしたらどのようになるんだろうと思ったのが始まりです。

でも、ある人のプログで「若い時に俳句をした人が、『忙しい』の一言で、俳句から離れていって悲しい・・・」という文章を読んで、これはいかんなぁと思いました。

中年なら中年しかできない、中年の魅力を出さねばと、プログを始めました。

老年は人生の荒波に揉まれて、一つの人生観に達成しますので、ある意味、荘厳であり、重みがある句となります。

逆に若手の句は重みがない変わりに、熟達者には感じ取れない想像豊かな句が作ることが出来ます。

そして、中年と問われると・・・

忙しいのは当たり前です。

俳句やプログは大変ですけど、僕はそれを苦に思ったことはないです。

最初に出会った先生に「名句とは普段の生活の中から生まれる」と言われたことがあります。(俳句の縁とは程遠い、10年ほど前のお話です。)

最近、その意味が少し分かるようになりました。

毎日を有意義に過ごすことによって、当たり前のことに、感銘することがある。

それを五七五にしたものが、読み手も共感して、名句になるのではないか、と言うことです。

そのために毎日を忙しく、そしていろんなものを感じ取るアンテナをたくさん立てて過ごすことが、人生の楽しみではないかと思います。

いつかは読んで下さっている方に、感銘して頂ける句が出来るように、毎日をアグレッシブに過ごして生きたいと思います。

それでは

|

« 句集を読む | トップページ | 柿四角ならばナイフを十文字 »

俳句 批評」カテゴリの記事

コメント

俳句が生活に根付いてくると
意外な力を発揮してくれます。
それが仕事にも生活にも生きてくることが多くて
俳句をすることは
俳句だけにとどまらず
人生を豊かに生きてゆくことにもなるんだな、と
最近思うようになりました。

投稿: 海渡 | 2009年11月 5日 (木) 01時26分

海渡さま

俳句をどのように捉えるかですよね。
俳句と言うと古臭いイメージで、年寄りが行うイメージですが、実は生活に溢れているんですよね。
言葉がある限り、俳句はあり続けると思います。
これは、俳句にかぎらず、短歌、詩なんでも溢れております。
その一つに係われば、生活は楽しく、心豊かになりますね。

投稿: 楚良 | 2009年11月 6日 (金) 16時20分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 新人・若手・中年:

« 句集を読む | トップページ | 柿四角ならばナイフを十文字 »