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田中裕明 (現代俳句の海図より)

彼の最初に知った句は、「小鳥来るここに静かな場所がある」です。

でも、この句には何も感じませんでした。

逆にこれが俳句なんだとびっくりしたことを覚えております。

「理屈や意味のない世界が、詩の本来の世界です」のコメントに、俳句は俳句、俳人は俳人としか考えていなかった僕は衝撃を受けました。

俳句は詩、俳人は詩人

そこで運命的な句と遭遇しました。

「空へゆく階段のなし稲の花」

この句を触れた瞬間に、一気に情景やその他のものが頭を駆け巡りました。

同じようなシチュエーションで荒井由美の有名な歌「ひこうきぐも」がありますが、彼はそれを17文字で伝えてしまった。

本当に詩そのもの。何てすごい句なんだろうと、一番好きな俳人となりました。

<ひこうき雲 作詞:荒井由美>

白い坂道が空まで続いていた
ゆらゆらかげろうが あの子を包む
誰も気づかず ただひとり
あの子は昇っていく
何もおそれない、そして舞い上がる

空に憧れて
空をかけてゆく
あの子の命はひこうき雲

高いあの窓で あの子は死ぬ前も
空を見ていたの 今はわからない
ほかの人には わからない
あまりにも若すぎたと ただ思うだけ
けれど しあわせ

空に憧れて
空をかけてゆく
あの子の命はひこうき雲
空に憧れて
空をかけてゆく
あの子の命はひこうき雲

それからと言うものの、僕は「田中裕明」という人を追いかけ始めた。

もう彼がこの世にいないこと。若いときから俳壇で注目を浴びていたこと。そして自分が長く生きていけないこと・・・

そうして、僕はこの本を手に取って、誰が読むか分からないプログにそのことを書いている。

今となって彼から直接学ぶことが出来ないが、彼が伝えたかったことを感じ取ることはできるだろう。

そのためには、感性を高め、俳句にもっと触れて行きたいと思います。

彼が亡くなった歳に、あともう少しの僕は、果たしてどこまで近づくことが出来るのか・・・

彼の歳に、僕はどこまで俳句を理解しているのだろうか・・・

僕は、俳句の楽しさを教えてくれた彼に出会えてとても幸せ者である

<感銘句> 旧字が主であるが見当たらないので一部新字です。

夏の旅みづうみ白くあらはれし

雪舟は多くのこらず秋螢

悉く全集にあり衣被

大き鳥さみだれうをくはへ飛ぶ

渚にて金澤のこと菊のこと

たはぶれに美僧をつれて雪解野は

小鳥またくぐるこの世のほかの門

初雪の二十六萬色を知る

小鳥来るここに静かな場所がある

蟻地獄赤子に智慧の生れけり

大人より子供の淋し竹の秋

眼鏡とれば我も古人や秋燕

空へゆく階段のなし稲の花

爽やかに俳句の神に愛されて

古くよき俳句を読めり寝正月

年ごとに友のすくなき浮巣かな

詩の神のやはらかな指秋の水

教会のつめたき椅子を拭く仕事

これよりの夜長の橋とおもふべし

糸瓜棚この世のことのよく見ゆる

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コメント

裕明俳句は果てない宇宙であり
やさしい山河でもあり
包まれる海でもある、と実感しています。
その世界を読み解きながら
いつか同じような詩情の俳句が作れたらいいですね。

投稿: 海渡 | 2009年9月16日 (水) 10時20分

裕明先生の俳句は平明な言葉で詠まれているのに
でも もの凄く深くて…
凡人のワタクシには難しい^_^;

いつか、そのひとかけらでも理解できたら
幸せだと思っています。
んーん いつになるやら、、、トホホ。

投稿: なを | 2009年9月18日 (金) 07時44分

海渡さん

果てしない宇宙、やさしい山河に包まれる海

実感です。

疲れたときに音読すると、いつの間にか落ち着くことが出来ます。
今日も一日、過ごせた安らぎです。

投稿: 楚良 | 2009年9月23日 (水) 12時17分

なをさん

非凡ですよね。
何気なく作っているようで、掘り下げると、とんでもない世界があるような。。。

僕は裕明先生に巡り合えて、良かったと思います。

投稿: 楚良 | 2009年9月23日 (水) 12時48分

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