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2009年7月

ことごとく未踏なりけり冬の星

ことごとく

地元出身のホープ、高柳克弘氏の第一句集「未踏」が発行されました。

実のところ、俳句初心者の僕にとって、彼の句は想像を超えるものが多く、句集に載っている句の、果たして何句読めるのかが、不安で購入するのを躊躇しておりました。

でも、購入した経緯は、句集のタイトルとなった句です。

 「ことごとく未踏なりけり冬の星」

この句を知ってから、頭に浮かんだのは田中裕明先生の「悉く全集にあり衣被」です。

他、師匠 波多野爽波先生の「ことごとく空に触れるる冬木の芽」

弟子 対中いずみさんの「ことごとく挽歌なりけり青嵐」「ことごとく蓮折れてゐる時雨かな」

と、田中裕明先生に造詣深い彼ですので、ここから作られたのかなぁと、ファンとしては溜まらなくなり、泣け出しのお金を出して購入しました。

なので、思い入れたっぷりありますので、時間を掛けて、ゆっくりと彼の句集を読みたいと思います。

(感想はなるべく早くしますね

 

<後日談>

彼とコンタクトがとれて、気になるところを聞いてみたところ、裕明先生の句は知らなかったそうです。。。でも句集は手にしまったので、いまさら関係ないですね。

彼からは「何かを感じて頂ければ・・・」と言われておりますので、何かを感じ取って見たいと思います。

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結社の行方(まとめ)

書き始めて一ヶ月で終わる予定が、だらだらと長く続いてしまいました。

(読者の方、すみません  _ノフ○ グッタリ)

最後ですが、やはり個人的な意見としては、自分が行動できる範囲に結社は欲しいです。

一人で俳句をするのは良いのですが、やはり限界があります。

また、(超結社の)ネット句会をしているですが、やはり作風・個性が違うので、作句も選句もばらばらで難しいです。

その点、結社での句会や吟行は、気の合う方と行えるので、作句に出来関係なく、楽しく過ごせます。

それに、他の句会や吟行会にも、結社があれば、どしどし参加出来るし、俳句仲間も増えることでしょう。

でも今後は、結社10社ぐらいになってしまい、お気に入りの結社があっても、身近には句会や吟行としたら、どうしましょうの世界です。

そうならないためにも、結社が地域密着に根ざすことが、今まで書いたネットやカリスマとは違う、新たな道だと思います。

僕も俳句を始めて3年目に突入しますが、そろそろ自分のスタイルを決めなくてはならない時期となりました。

俳句読むのは好きです。

でも、作るとなると話は別です。

やはり、自分はどんな句を作りたいのかしっかりと決めて、師事を仰げる環境にする必要があると思います。

師事を決めたら、その結社に入って、じっくりレベルアップするのが良いのかなと思っております。

そのためにも、同人たちを離さないよう、結社はその考え・気風をしっかりして行って欲しいものです。

そして、誰もが俳句を楽しめる環境・風土ができるようになったら、良いですね。

(俳都・松山みたいに

 

今回は、話が難しく行ってしまい、最後は支離滅裂状態で申し訳御座いません。゚゚(´O`)°゚

次回は、分かりやすい話をしていきますので、今後ともご愛顧お願い致します。

それでは。

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結社の行方・・・人材確保(その2)

あと、若手、新人を確保するためにも、インターネットが有効です。

今までの結社の流れは、

 ①俳句講座を開いて、そのまま結社に入ってもらう。

 ②大学とかのサークルと交わり合いを持つ。

 ③友人の紹介で、句会→結社に入会する。

だと思います。

怖いことは、ある程度(2~3年)俳句をしていると、所属する結社と自分が目指す俳句に違和感が感じてくることがあります。

そのまま結社に所属するべきか、それともフリーになるか、別の結社に・・・です。

近くに、求める結社があれば良いのですが、そうでない場合や、周りの雰囲気で脱会できない場合は困りますね。

俳句を習いたいのに、先のことを思うと結社に入会できない。

句会したいけど、都合の良いものがない。

あとは、結社に入らなくても、俳句をやっていける環境が整っていることですかね。

でも、出来れば結社に入って、俳句の楽しさを知って欲しいと思います。(この件はまた話す機会があれば、日記にしたいと思います。)

話を戻します。

俳句に興味し始めたときに、何を媒体に使うのといえば、インターネットです。

また、単独で俳句を勉強するのも有効です。

例えば、興味ある俳人や俳句を検索ネットで行うと、かなりの事柄が分かります。

その時に、カリスマ性の高い主宰、俳人若しくは結社を検索されたらどうでしょうか?

やはり、ホームページがあれば、興味津々で見に行ってしまいますよね。

あと、その中に「新人募集」、「ネット句会あります」及び「直接主宰が指導します」とか書かれていたら、先ほど書きました『結社や句会に悩んでいる人』、『個人で勉強して物足りない人』も、食いついてしまいます。

また、「ネット句会」や「直接主宰が指導」ですが、この中で有望な若手がいれば、主宰自ら引っ張って、じっくりと指導することも可能でしょう。

そうなってしまうと、大結社は更に大きくなっていき、中小結社は縮小、次の担い手がいなければ解散するしかないです。

そうして、結社は10社ぐらいになってしまい、あとは結社を嫌う人たちがフリーで頑張るしか道はないです。

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結社の行方・・・人材確保(その1)

ではどのように人材を確保するかですが、カリスマ性の強い結社は、自然と集まってきます。

例えば、結社「鷹」、「澤」も人材も豊富であり、所属する人たちの結束は固いです。

でも、普通に考えれば、結社が全国規模で大きくなれば、主宰から直接お会いすることも限られ、句会に参加できない方も多数おり、主宰から離れていく人がいるかと思います。

誰か主宰の代わりに、崇拝する方がご指導して頂ければ、問題ありませんが、仮に指導者が主宰と考えがずれるようなことがあれば、何を結社に求めているのか疑問を抱くことになります。

 ①結社は好き、だから、違う指導者に切り替える。

 ②指導者が好き、別に結社に入らなくても問題ない、結社離れ。

 ③結社の考えについていけない、違和感を感じる、他の結社、主宰に移動する。

いずれにしても、良いものではありません。

出来れば、主宰の思っていることを、同人に直接お話して、結束を高めるのが理想です。

それは、『「同人誌」で毎回書いているよ(読んでいるよ)』と思われるかと存じますが、(以前にも書いたことがありますが、)これは主宰からの一方的な話だけであり、それについての感想、意見→主宰の返答には2ヶ月も掛かります。

その頃になっても、その話題を触れているわけにも行かないと思います。

(僕の結社の行方シリーズ、現代俳句の海図シリーズみたいに・・・です(A;´・ω・)アセアセ)

一番良いのは、直接連絡を取り合うことですが、これは地方に住む人や主宰が行う句会に参加できない人には、到底無理な話です。

そこで、どうすれば良いかと言えば、インターネットの活用です。

要は、直接、通信が出来る環境があればいいと思います。

そうすれば、時間、場所に関係なく、やり取りすることが出来ます。

取り敢えず、「現代俳句の海図」に出てくる俳人が所属している結社(10社)を確認しました。

 ホームページがある:8社

 チャット(ネットを通じて、複数の人がメッセージのやりとりを行うこと)環境:7社

 ネット句会実施している:4社

う~む、やはり魅力のある結社は、しっかりやられております。

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日蝕とは新月の日に起こります

明日(7/22)は、日蝕です。(蝕と言う字が異字体ですが、割愛)

今世紀最長の皆既日蝕と、連日テレビを賑わせております。

ところで、この日蝕はどのように出来るかと言えば、太陽と地球の間に、月が入る構図です。

分かっている方は多いと思いますが、これを旧暦にすると、もっと分かりやすくなります。

新暦7月22日の旧暦は6月1日になります。

1日は「朔日」と言い、月立(つきたち)の音便。月の第一日です。

ということは、「新月」にあたります。

新月とは、太陽の黄道(地球から見て、天球上を運行する太陽の軌道)と月の白道(月の軌道)が等しくなり、月全体が太陽光線を背後から受けるので見えなくなることです。

そのサイクルは約30日、新月の15日後は、太陽と合致することがなく、満月となります。

新月から満月に向かうことを上弦、満月から新月に向かうことを下弦と言います。

では、日食はどのようなときに発生するかと言えば、太陽と地球の間に月が来る、新月の日しか起こりません。

また、サロマ周期(その地区で発生したら、その18年11日+3分の1日後)に発生することも分かっており、これは紀元前から知られております。

一部の欠けを「部分日食」、全体を覆われることを「皆既日食」。

「金環食」も皆既日食と同じですが、これは月の軌道が完全な円ではなく楕円であるためです。

地球と月の距離が一定でなく、遠くなった場合に日食が起きると、月の大きさよりも太陽が大きいため、月の周りから太陽の光が見え、金環日食となります。

ちなみに、月蝕とは言えば、、、

ここまで読んで、ピンと来る人はその通り。

月蝕とは満月の日にしか発生しません。

面白いですね ( ̄ー ̄)ニヤリ

今後の日本で見られる日蝕の日程です。

2012年5月20日
金環食 九州南部、四国、近畿、東海、関東、東北など
2030年6月1日
金環食 北海道の大部分
2035年9月2日
皆既食 北陸、中部、北関東など

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結社の行方・・・カリスマの魅力

結社を存続させるためには、主宰はもっとカリスマ性を高めるべきだと思います。

カリスマ性を発揮すれば、自然と人が集まり、更に結社を大きくすることが出来ます。

主宰≧結社にして、主宰=結社にする繰り返し。

僕は結社を大きくすることが、俳句に貢献するものだと思います。

あと、カリスマ性を高める重要性がもうひとつあります。

それは、有望な人材を確保することです。

もっと俳句の勉強をしたいときに、どのようにするかと言えば、やはり今注目の実力のある方に教えを請うのではないでしょうか?

また、主宰や著名な方も人材確保には、自分の能力を高めておかなくてはなりません。

それが合致したときには、結社は次世代まで保てると言うことです。

なぜなら、結社の伝統を受け止めれる人材を確保すれば、同人の方の主宰が変わっても、そのまま存続することが出来るからです。

若いときから、結社の重要ポストにつけて、なるべく主宰の流れを汲めるところが良いでしょう。

また、同人たちもその若手には、一目置くようになるので、違和感も少なく、受け入れることがた易くなります。

あとは、若手が重圧に負けずにやっていければ、問題ありません。

実はこのようなシステムは既に行われております。

 

今連載の「現代俳句の海図」に出てくる方々の結社で確認してみましょう。

筆者の「鷹」、言うまでもなく、編集長の高柳克弘さん。

他、「澤」も20代の方が編集委員になっております。

あと、「天為」の主宰は有馬朗人先生ですが、同人に岸本尚毅さん、日原傳さん他、結社から離れて主宰になってもいい方がぞろぞろと。

片山由美子さんは「狩」の副主催されておりますし、中原道夫さんと櫂未知子さんがタッグを組んで「銀化」をされており、存続のための手段を取っております。

ここでのポイントは、著名な俳人がいることです。

主宰でなく、xx xxさんが所属されているから、という理由で結社を選ばれている方もいると思います。

でも、最初に言いましたが、xx xxさんがその結社に所属しているのは、主宰のカリスマ性に魅力を感じ、また他同人たちと競い合うことで、更に自分の俳句のレベルが上がるメリットがあります。

なので、主宰や有望な方は、もっともっと力を強めて、カリスマ性を強めて欲しいと思います。

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結社の行方・・・今後の結社(その1)季語を作ろう!

この記事は、最後に持ってくる予定でしたが、途中、執筆が止まってしまい、季節柄、先に書かせて頂きます。

僕が住んでいる浜松には、「遠州大念仏」と謂われる盂蘭盆の行事があります。

毎年7月(新暦13~15日)のお盆の夜に、初盆の家を回って太鼓や鐘などに合わせて、念仏踊りを披露するもので、1軒につき約1時間、初盆の多いところでは明け方まで続きます。

また、静岡県の無形文化財にも指定されております。

古くは、三方ヶ原の戦いおよび犀ヶ崖の戦いで犠牲となった人を弔うために始まったとされており、400年以上の続いているものです。

http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/lifeindex/enjoy/culture_art/saigagake/s-dainenbutu.html

残念なことに、この「大念仏」ですが、季語となっておりません。

以前ですが、句会で投句された方がおり、主宰が「季語となっていないから」と没句にされたことがあります。

また、ベテランの方も「季語」となっていないを知っているので、作句されておりません。

でも、ずっと続いている伝統行事を、季語となっていないのは不自然だと思います。

なので、どうすれば良いかと言えば、季語としてしまえば良いのです。

えっ、そんな勝手に季語にしてしまって良いの?? と、思われる方もいらっしゃるかと思いますが、実際にそんな難しいことではないです。

時代は常に変化し、季語も新たに作られております。

例えば、「昭和の日」。

これは、4月29日、みどりの日が5月4日に移行して、新しく祝日となりました。

既に季語として作られ、認知されております。

あと、イベントととして「xxの日」としてありますが、これを作り手それを季語として作り、読み手がそれを認知すれば、良いのです。

(こう考えると、季語はかなり曖昧なものとなってしまいますね。)

なので、行事として続いている「大念仏」についても、季語として認めてしまえば良いことになります。

では、これを季語にするために、どうすれば良いのかですが、ここでようやく結社の出番です。

先ほど、書いたように、個人では認められません。

でも、これを結社で行えばどうなるでしょう!!

郷土(地方)歳時記として認め、ゆくゆくは全国でも認められれば良いのです。

また、そんなことは出来るの?? という声が聞こえてきそうですが、実は郷土の行事などは、このようにして確立されているんですよね。

京都の「大文字」、富山の「おわら風の盆」など、考えてみて下さい。

その地方特有の行事であって、これを季語として認められているのは、おかしいと思わないでしょうか。

しかし、季語として認められているのは、その地方の方々が、全国の俳人(読み手)に郷土行事を伝えたからに、他ありません。

それから、郷土行事を季語とすることが出来るのは、やはりその地方の結社です。

なぜなら、全国区の結社だと、地方の行事をわざわざ取り上げることはないし、投句しても(季語として認められていない限り)没句になってしまうでしょう。

以前のプログで、結社は数十社になると書いたことがあります。

地方の結社が、全国区の大結社と同じようなことをやっていても、主宰の力がなければ、賛同者は離れて、衰退していくだけです。

存続をしていくには、結社独自のならではのことを行い、賛同者の心を捉えることが必要となります。

それは地方でありながら、都会や違う地域の俳人たちの賛同を得て、逆に大きくなることがあるかも知れません。

結社は、小さくても大きくても賛同者がいれば、残っていきます。

でも、それは主宰や著名な方がいる結社であって、彼らがいなくなれば、結社も当然のことながらなくなることを意味します。

僕は言いたいのは、結社を次世代に残していくためには、です。

では、それをどのようにするかは、次回のコメントで

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執筆再開・・・俳句での六月の捉え方

何とか、プログを出来る環境になったので、執筆再開です。

前回の続きと行きたいところですが、先月27日放送のNHK「俳句王国」(2週間遅れですが、ご容赦)でおもしろい俳句があったので、皆さんが気になる『旧暦』のことを交えてお話をしたいと思います。

 木の花の匂ひ重たし六月は (田宮尚樹)

何が面白いかというと、この句は新暦で詠まれていると言うことです。

旧暦で言えば、今、閏五月です。(約2年9ヶ月に1回、閏月があります。旧暦・閏月については、またお話が出来れば日記にします

なので歳時記に合わせると、『木の花の匂ひ重たし五月かな』が正しくなります。

もちろん、新暦で過ごしている現代人にはGWの晴れやかな日を想像すると思いますし、作者も梅雨のイメージで作られた思います。

でも知っていて欲しいのは、行事は新暦に合わせれても、他時候、動植物など新暦に合わない季語がたくさんあると言うことです。

例えば、「五月雨」は陰暦5月頃に降る雨=梅雨のことを指しており、更に「五月闇」は五月雨時の夜の暗さを指しますので、旧暦で考えたほうがイメージが宜しいかと思います。

なので、句を作る上には、季語をよく理解をして、使うことによって読み手がどのように感じ取るのかまで気をつけなくてはなりません。

では、今回の句はどのようにすれば良いかと言えば、(もちろん自論ですが)

 木の花の匂ひ重たし雨月かな・・・雨月(五月の別称)

 木の花の匂ひ重たし水無月は・・・水無月(六月の別称)

また、無理に時候を使わなくても、他の季語でも良句になると思います。

季語、歳時記を覚えるには、どうしても旧暦に触れなくてはなりません。

僕も旧暦についてはまだまだ勉強中ですが、また面白い記事があれば日記に書きたいと思います。

また、普段から気にしていることがあれば、何なりとお尋ねして下さいませ。

一緒にお勉強出来たら幸甚です

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執筆お休み・・・ごめんなさい

核心のところまで行ったのですが、ちょっとごたごたが続きまして、その件が落ち着くまでは書き込み出来ません。

おそらく、再来週以降にはと思っておりますが、梅雨明けぐらいには何とかしたいです。

読んでいただいている方、またたまたま覗いていただいた方、申し訳御座いませんが、もう暫くお待ち下さいませ。

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