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「て・に・は・を」の変化

5/30放送の「俳句王国」で

『喉もとに響いて滝の日暮かな』(村田篠)がありました。

選者の廣瀬直人先生も「”て”の使い方がうまい」と言っておられました。

これを切れ字の「し」とか「や」しても、すんなりと「滝の日暮」が入ってきません。

最近の傾向(僕もそうですが)、禁じ手だった「て」の使う句が多くなった気がします。

<広辞苑>

(接続助詞)

①後に述べる内容よりも先行する内容を表す語句を受ける

②後の事態の成り立つ条件を示す

③ある動作・作用・状態を表す語句を受け、動詞・形容詞に続ける

④対句的に語句を並べ、対等・並列・添加の関係で前後を続ける

⑤反復・継続を表す

(終助詞)

①活用語の終止形に付き、相手からも納得されるものとして自分の考えを述べる

②種々の表現に添えて、柔らかく念を押す

十七文字の中で重要なのは季題です。

出来れば、季題+切れ字+非季題(若しくは反対の順序)が理想ですが、そううまくできるわけではありません。

50音すべて「切れ字」だと言われておりますが、タイトルの「て・に・は・を」を使うことを嫌いました。

何故でしょうか?

一番良いのは季題と非季題がぶつかり、結び合い、そして十七文字とすることです。

季題は多くのことを語ります。

それに、非季題をくっつくことで作り手の驚き・感動を、読み手に伝えます。

なので、「切れ字」を使って、そのことを強調します。

しかし、「て・に・は・を」を使うと季題と非季題が繋がってしまうので、強調が弱まってしまうので嫌われています。

でも、最近の「て」の使い方を見ると、俳句の作り方・読み方が変わったようがします。

もちろん、昔から「て・に・は・を」を使った句はありますし、今だって「切れ字」は有効活用されています。

何が変わったといえば、題材(句に出てくるもの)の動作に感動を持つようになったことです。

毎日、忙しい中に、ちょっとひとつのことを見ていたら、このようになったという感動。

普段忘れていた当たり前のことを、句にして、また読み手もそれに対して感動する。

一昔前は、夕飯は家族と一緒に食べるとか、休みの日は共通の仲間をひとつのことに熱中する、余裕な日々が合ったはずです。

でも今の世の中は、毎日の生活に追われ、ゆとりのない日々を送っております。

「て」という、動作を止めて、周りを見渡し、感動を得ることも必要なのではないかと思いました、

それで、当たり前のことに安らぎ・くつろぎを与え、また、明日への糧となる。

今、求められていることが、俳句にも出ているようで、コメントしました。

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