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2009年4月

文芸XXXX誌掲載句

地元の文芸誌に掲載されました。

去年に秀句となったものから5句掲載です。

 あぢさいの径ゆつくりと宮参り

 どの道も海に繋がる島の夏

 村百軒出産祝ふ祭かな

 恋心芽生ゆる園児つくしんぼ

 桜東風次男先行く通学路

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三村純也(現代俳句の海図より)

「現代俳句の海図~昭和三十年世代俳人の行方」(小川軽舟)を読んだ。

感想を書くにしてもどのようにすれば良いのか分からないが、心に残った人から記載します。

「神農の虎受け毛生え薬買ふ」

この句を詠んでもピンと来なかった。失礼ながら並みの句である。

しかし、この句の季題(三村氏は季語とは言わず季題と言われるので)は何かと分かると、この句の楽しさが分かる。

季題は神農祭。大阪の道修(どしょう)町の少彦名(すくなびこな)神社で行なわれる祭りです。

日本の薬の神様・少彦名命と中国の薬の神様・神農氏が一緒に祀われていることが分かると、この句の面白さが分かって来ます。

次に「月並の興りつつある虚子忌かな」

これは虚子の「私の死んだ後は必ず月並が起ると思う」という予言を踏まえた句。。。

要は、季題や書物などに親しんで理解してなくては作れない句なのである。

いやはや、軽舟先生が仰るとおり、見た目は掴みどころのない俳人である、しかし気になってしまう人。

先日、NHK俳壇でこの俳人を初めて見た瞬間に、僕はこの俳人の虜になってしまった。

この方のぱっとしない風貌、しかし、持っているオーラはすごい!!

系統は「ホトトギス」、この方に会うまでは坊城俊樹氏が系統の異端児かと思っていましたが、(俊樹ファンには失礼)

純也氏の方がその上をいっております。(間違いなく)

俳句初心者には難しい句ばかりですが、季題(季語)を勉強するには良いかもしれません。

僕は純也氏に嵌ってみま~~す。。。

<感銘句>

涅槃図に描かれて嘆かねばならぬ

麻雀といふ秋の夜の過し方

赤い羽根つけて外車の中の人

しゃぼん玉消えたくなつて消えにけり

朧夜の白波立つて親不知

雪嶺の我も我もと晴れ来る

夜桜の根の掴みゐる大地かな

厨にも祭ぞめきのありにけり

狼は亡び木霊は存(ながら)ふる

蓼咲いて余呉の舟津は杭一つ

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もぐら島 2

土は壁の両側に積まれ、通路の真ん中はうっすらとしているだけで、歩くには問題がなかった。

無音の世界。

足音は土の中に消され、普段、音に慣れ親しんでいる者には、ただ恐怖を感じるだけであった。

どこまで続くのだろう・・・

先には小さい明かりが見えるが、それはもぐら島の入り口であろう。

足元の土に気を取られ、走ることは出来ない。

一歩一歩着実に進むだけである。

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もぐら島 1

鉄道路線から外れた埋立地に向かう地下通路がある。

一時期はこの埋立地に鉄道が走るということで、値上げ屋たちがこぞって、ここのアパートやマンションを建て始めた。

しかし、新しい路線は運河一つ隔てた反対側の島を通ることになり、計画は頓挫。

マンション建設は途中で終わり、すでに移り住んでいた人々も次々と引越しして行った。

未来を見ることなくして、この島は廃墟となるだけになってしまった。

時間はたっぷりある。

近くの駅から(とは言っても30分掛かる)、歩いて来た。

この島に渡るには片側2車線の車道1本と、住民用に作られた地下通路のみである。

この間に誰も会うことはなかった。

無論、車さえすれ違うことはなかった。

本当の馬鹿でなければ、こんな島に来ることはしないだろう。

運河の下を通る地下通路に続く階段を降りて行った。

自分だけの足音だけが通路を響いた。

しかし、階段を降りてしまうと、足音は消えた。

地下通路は、どこから舞い込んだか分からない土で一杯であった。

誰か名づけたか知らないが、この島(埋立地)をもぐら島と言うようになったが、その通りだと思った。

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